●新刊発売された書籍を中心に、その一部を抜粋してお届けします。お楽しみください

◆まだまだあります、
 立ち読みコーナー
◎ 「ねむりねこ」
◎ 「ずーっといっしょ。」
◎静と理恵子の
  血みどろ絵日誌
「ぜんぜん大丈夫」


 

ぼくのボールが君に届けば
伊集院静

 

 飛行機が上昇し水平飛行に入ると、飲み物のサービスがはじまった。
 吉乃は前方の座席の袋に入っていた機内誌を手にした。頁を捲っていくと、右頁一杯にマツイの顔があらわれた。あの笑顔である。
 ――本当に陽によく似ている。
 若者の笑顔が孫の笑顔と重なり、それが学舎で見た向日葵の花に重なった。
――そうね、二人ともまぶしい笑い方をしているんだわ。
 吉乃はそう呟いてから、自分の気持ちが晴々としているのに気付いた。吉乃はとうとう最後まであの母親に謝ることができなかった。それでも気持ちが爽かになっていた。
 彼女はもう一度マツイの写真を見直した。
「あらっ、この子にはえくぼがあるのね」
 十ヵ月余り、この若者の笑顔を見続けていたのに、えくぼに気付かなかった。そう言えば陽の頬にも可愛いえくぼがあった。
「そうか、えくぼが似てたんだわ」
 吉乃が声を上げると、隣りの客が怪訝そうな表情で見返した。
 吉乃は写真の中の大きなえくぼを指先で撫でながら、ヒデキさんのえくぼ……、アキラチャンのえくぼ……、と胸の中で呟いていた。
 その時、吉乃の指が静止した。
 陽一にも、慎次郎にもえくぼはなかった。吉乃にもえくぼはない。
 ――このえくぼをアキラチャンは誰から貰ったの?
〜松井秀喜選手が実名で登場する短編「えくぼ」より抜粋〜


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